僕が写真/カメラから離れた理由

このブログは元々趣味である写真をただ掲載するためだけの、極私的なブログに過ぎなかったのだがいつの頃からか写真に関する記事は鳴りを潜め、僕自身も最近は積極的にカメラを手にしていない。

なぜ、写真/カメラから離れたのか?

それについては結構深い理由があったりする。

ここでは、僕が写真/カメラから離れた理由を列挙していく。

なお、別にこの記事は写真やカメラなどの趣味を否定するものではなく、写真撮影を楽しんでいる人をバカにする意図などは全くない。

あくまで僕個人に限った話だ。

現像作業に疲れた

iPhoneなどのスマートフォンではRAW形式でも写真を撮れるとは言え、大半の人がスマホに最初から入っているカメラアプリでJPGやHEICなどの一般的なファイル形式で写真を撮っているだろう。

しかし、一眼レフやミレーレス一眼では基本的にRAW形式で写真を撮り、それをLightroomなどの「現像」ソフトウェアで、色味やコントラスト、露出などを微妙に調整して満足のいく写真に仕上げてからJPG形式などで書き出すといった作業が主流であり、これらの作業はもはや必須と言っても過言ではない。

ただ、僕にとってこの作業はかなり面倒であり、50枚写真を撮ったら現像作業に1時間かそれ以上かかってしまう。

Lightroomに備わる機能を駆使して、ある程度の作業を自動化しても、相応の時間はかかる。

いつしか僕はこういった現像作業に疲れ果て、写真を撮っても「家に帰ったら現像しなきゃいけないのか」といった現像に対する義務感が生じてしまった。

別に撮影した写真を現像しなきゃいけないという決まりはどこにもないのに、どうしても僕はそういった作業に対して「やらなければいけない」という義務感を感じてしまうのだ。

スマホなどであればシャッターボタンを押して、色味やコントラストはスマホのISP(画像信号プロセッサ)に任せてしまえばいいので楽だ。

無論、一眼レフやミラーレスカメラにもそういった画像処理エンジンは搭載されているが、Lightroomなどでの手作業による画質には及ばない。

一眼レフやミラーレスカメラの真価を発揮するにはRAW形式での現像がほぼ必須であり、そしてその作業はある程度の時間を要する。

こういったことに疲れたのが、写真/カメラから離れた理由の一つだ。

人々が「撮られる」ことに敏感で写真を撮り辛い

これは僕の印象なのだが、SNSなどの普及に伴い、世の中の人々は「写真を撮られる」ということに敏感になったように思う。

以前、僕が写真撮影をしていた時、風景を撮るつもりがそこに通行人も写り込んでしまったことがあった。

すると、僕がカメラを手にしていることに気づいたその人は「今写真を撮った?」と、かなり怒った様子で迫ってきて、僕は意図して撮ったつもりではないこと、写り込んで不快な思いをさせてしまったことに対する謝罪をして頭を下げ、その人の目の前で写真を削除した。

この出来事は僕にトラウマを植え付け、写真を撮ることに対する抵抗感を増長させる大きな要因となった。

もちろん、こういった問題はスマホでも起こるのだが、一眼レフやミラーレスなどのカメラは一目で「カメラ」とわかるため、スマホを手にしているより目立ちやすく、人々に与える不快感も大きい。

例えば僕が大きなごついカメラを自分に向けられたとしたら、やはり僕自身もいい気分はしないだろう。

最近はどこへ行っても「写真撮影禁止」のマークをよく見るし、身内や知人からもカメラや写真撮影に関するトラブルの話をよく聞くので、極めて写真を撮り辛い世の中になったと感じている。

上を目指そうという理想が高かった

僕は写真撮影に一番凝っていた時期、いくつかの写真コンテストなどに応募したのだが僕の写真技術があまりにも低いため、いずれのコンテストやコンクールでも歯牙にもかけられなかった。

そうした経験の中で、僕はとにかく写真の腕を上げようと、写真指南サイトを見たり、写真の上達法を学べる本などを読み、近所に著名なプロ写真家がいたのでそういった人に写真撮影に関するコツを聞いたこともあった。

しかし、どれだけ写真について勉強をしても、どれだけ写真撮影をこなしても、僕の才能では上達に限界があり、次第に写真に対する意欲は低下していった。

今思えば、僕は自分の技術に対して理想があまりにも高く、自身の写真に関する能力について勘違いしていたんだと思う。

結局、僕の写真に対する理想の高さにより、写真撮影を趣味にすることも、あるいはそれで食べていくという道のどちらも選べない中途半端な人間になってしまった。

今思えば写真を上達させようと躍起になるより、技術や才能のことは考えず趣味の範囲内で、ただ純粋に写真を楽しめばよかったのだろう。

まとめ

上記のいずれの理由も、あくまで僕個人に限った話、あるいは単なる僕の印象であるため、多くの人には当てはまらない瑣末な理由かもしれない。

ただ、上で挙げた3つの項目が僕が写真/カメラを辞めた大きな理由であることは疑いようがない。

もちろん、今でもカメラを手放そうとまでは思っていないし、これからも思い出深い写真を撮りたい時はカメラを使うこともあると思う。

お気に入りであるオリンパスのカメラの新型が出たら買う可能性だってあるだろう。

ただ、はっきりしているのは僕には以前までの写真/カメラに対する燃えるような情熱はない。

これから僕の中で写真という趣味は廃れていくのか、あるいは燃えかすが燻るように、結局は写真を時々撮っていくのかはわからない。

ただ一つ言えるのは、写真/カメラという趣味は他の趣味と同じく楽しんでこそ輝くものであり、もし今写真を楽しんでいる人がいるなら、プロを目指しているわけでもない限り、写真の現像作業や才能・技術といったことは考えずにマナーを守りながら純粋な気持ちで写真を撮り続けてほしいと思う。

写真が撮りにくい今の世の中で、それでも写真を愛する人が純粋に撮影を楽しめるように願う。