Instagramと写真とSNS

私も過去に利用したことがあるが、最近Instagramは写真シェアSNSとして爆発的な人気を得ている。そのユーザー数の増え方は他のSNSと比較しても異常とも言えるほどである。ただ、私はあまりInstagramが好きではなく、数ヶ月利用してやめてしまった。

その理由はInstagramが純粋な写真共有の場ではなく、コミュニケーションに主体を置いているからである。コメントや「いいね!」などをして他者と繋がる。写真はその手段に過ぎない。もちろん純粋な写真共有の場としてInstagramを利用している人もいるだろうが、ほとんどの利用者はSNS、つまりコミュニケーションの場として利用していると思う。

ここに純粋な写真好きとして私は違和感を抱いてしまう。確かに他者に「いいね!」やフォローをされると嬉しい。しかし、多くのSNSのようにやがてそれらは義務感に繋がっていく。

「いいね!」をされたら相手の写真に「いいね!」を返す、コメントをされたらフォローを返す、そういった一連のコミュニケーションに疲労を感じてしまうのだ。

多くの人はそんなことをいちいち気にしていないかもしれないが、私の性格としてそれらは大きなストレスになってしまう。そして他者と繋がれば繋がるほど、つまりフォローやフォロワーが増えれば増えるほど、その義務感は心の中で肥大していく。

過去にLINEにおいて、既読にしたからにはすぐにメッセージに返信しないといけない、というような風潮が利用者のストレスに繋がっていると報道されたことがあるが、正にそれと同じである。

しかしLINEと一つ違うのは、LINEが多くの場合親しい人の間でやり取りをするのに対して、Instagramは見ず知らずの人や、果ては外国人とまでやり取りすることが多いということである。長く続ければ続けるほど他者との繋がりはLINEの比ではなく増えていく。

私の場合、写真というのは他者と繋がるためではなく、単なる自己満足であるのでこういったInstagramの特性が合わなかったのだ。

もちろんこれは私の好みと性格の問題であって、Instagramやそれを利用する人を批判するわけではない。写真を手段に他者と繋がるのもコミュニケーションの一つとして素晴らしいアイデアである。ただ、私はそこでは異端であった。それだけのことだ。

こうして自分のSNSへの不向きさを考えるとこれからの情報化社会、自分は生きていけるのか不安になる。今や地域の防災情報もTwitterで配信される時代である。

果たしてこれから、SNSやそれを取り巻く環境はどう変化していくのだろう。人の生活というものが、どれほどSNSや情報化社会の影響を受けるのだろう。何よりそれらに付いていけない人はどこへ向かえばいいのだろう。