カメラ好きと写真好き

鎌倉市 江ノ電鎌倉高校前駅

写真を趣味としている人は大きく二種類に分けられると思う。

”カメラが好きな人””写真が好きな人”だ。

カメラが趣味なのと写真が趣味なのとでは、似ているようでそこには大きな違いがある。

カメラが好きな人は写真を撮るのを楽しむのはもちろんのこと、それ以上にカメラのスペックに拘ったり、カメラを集めるのが好きだったり、高価なレンズにワクワクするような人だ。

そして写真が好きな人は、文字通り単純に写真撮るということに楽しさや喜びを感じる人だ。

どちらが良いとか悪いとかの話ではなく、一言に”写真が趣味”と言っても人それぞれ楽しみ方が違うのだ。

昔こんな人に会ったことがある。

その人は写真が趣味であるが、どちらかというと写真というよりはカメラが好きな人で、中でも”シャッターを切る”という瞬間が大好きらしく、シャッターを切った後は撮った写真は保存せずに削除するのだという。

僕はその話を聞いて最初は理解できずに戸惑ったが、その気持ちも今では分かる気がする。

カメラを手にする喜び、シャッターを切る喜び、撮影する喜び、現像する喜び。

写真を趣味としている人は皆それぞれカメラや写真に対してそれぞれの楽しさを見出している。

では僕はどうだろう。

僕はカメラはもちろん好きだし、新しいカメラやレンズを買った時は子供のようにワクワクして傷をつけないように大事に扱う。

一方でシャッターを切る瞬間も、耳に届くシャッターの音や風景を切り取るという動作に快感を覚える。

そうして撮影した写真をLightroomで現像して、良い具合に仕上がると嬉しさで胸が溢れる。

こうして書くと一見良い楽しみ方をしているように思えるが、言い換えればカメラにも写真撮影にも現像にも特に拘りがない”半端者”と捉えることも出来る。

僕はカメラのスペックにそれほど詳しいわけではないし、メーカーのカメラやレンズの特性も理解しておらず、撮影に関しても写真学科や写真教室で習ったわけでもない。

写真を撮ることは楽しいが、写真展を見ることもないし、それどころか他人の撮影した写真にはあまり興味がない。

あらゆる点で僕は写真が趣味な人間としては中途半端なのだ。

恐らく写真が趣味である人の大多数が僕よりよっぽど美しい写真を撮れるはずだ。

僕はもともと芸術肌な人間ではない。

絵を描いたら小学生レベルだし、学生時代の美術の授業は苦痛でしょうがなかった。

美術館に行ってもほとんどの展示は退屈で、審美眼のカケラもない。

では僕はこれからどのようにして写真という趣味に接していけばいいのだろう。

最近はそればかり考えているが、答えは出そうにない。

ただ、”写真が好き”という事実は僕の中で揺らいだことはない。

僕がいつまで写真を続けるのか、それはわからないけれど、写真が好きであるという心の叫びにだけは忠実でありたい。

いつか僕にカメラや撮影に今以上に熱中できて、”半端者”ではなくなったと実感できるその日が来るまで、僕は写真を続けていきたいと思う。

芸術というのはこうして理詰めで考えると、とても複雑で難しいものだと強く感じる。

もちろん、こんな小難しいことをいちいち考えながら写真を撮っているわけではないが、ふと僕自身の”写真のあり方”を確立しなければいけないと思ったのだ。

自分の写真への立ち位置があやふやなままでは良い写真を撮ることはできないだろう。

これからもこうして悩みながらも、僕なりの写真のあり方を実現できるまで頑張っていこうと思う。