フルーツバスケットの魅力

基本的に男性向けのオタク趣味を楽しむ僕なのだけれども、少女漫画的な作品も好きな女々しい面があるので、2019年版の”フルーツバスケット(アニメ)”を楽しんで見ている。

というか今現在見ているアニメはこのフルーツバスケットだけだったりする。

他にも色々アニメはやっているけれど、あまり興味をそそられるものはなく、結果的にフルーツバスケットだけが残った感じだ。

実は僕はフルーツバスケットの原作を19年ほど前(歳がバレる)に何巻か購入して読んだのだが、その時の僕はまだまだ子供で(今も子供みたいな人間だが)あまり作品についての良さがわからず、2001年版のアニメも当時放送をしていることは知っていたが見ていなかった。

堀江由衣本田透役をやっていたことくらいしか記憶にない。

そんなわけで僕は完全にフルーツバスケットは初見状態に等しいのだが、2019年版のアニメを見ただけでも、なぜこの作品が長年に渡って支持され、今でも多くのファンがいるのかわかった気がする。

本作の主人公である本田透は天然で、ドジっ子属性もあり、何より純粋なので全ての出来事を肯定的に捉えるキャラクターだ。

一見するとこれらの設定は出来すぎていると思ってしまうのだが、本田透はそういった「出来すぎな純粋さ」さえ読者や視聴者が受け入れてしまうほどの魅力があるキャラクターだと思う。

母親が事故で亡くなった後、本田透が行くあてもなく成り行きで草摩家の一族の家で暮らすことになった際、動物に変身する人間という奇怪な草摩家の秘密を知ることになるのだが、その奇怪さに嫌悪感を持つこともなく、ありのままの事実を素直に、そして肯定的に受け止めた。

本田透のこういった純粋さには絶対的な安心感というものがあるように思う。

これだけこの作品がヒットしたのも、本田透のひたむきな姿勢と純粋さ故なのだろう。

もちろん、練り込まれた十二支の設定や、それぞれの登場人物が抱える苦悩、本田透の二人の親友たち、謎に満ちた草摩慊人というキャラクターも本作の魅力に一役買っているのは確かなのだが、全ては本田透の魅力に集約されると思う。

今現在僕が視聴しているアニメがフルーツバスケットのみであるのも、本田透の魅力によるところが大きい。

2019年版のフルースバスケットは最終的には原作の最後まで忠実にアニメ化していくそうなので、これからも続きが楽しみだ。

場合によっては原作を揃えてもいいかもしれないと思えるほど、2019年版のフルーツバスケットはよく出来ていると思う。