電子書籍に移行してから実感する紙の本の魅力

最近は売り切れの心配があったり置き場所を取る紙の小説やマンガをやめて、もっぱらiPadのKindleアプリで書籍を読んでいるのだが、Kindle(電子書籍)に移行してからなぜか書籍を繰り返し読まなくなってしまった。

買うことは買うのだ。

僕のKindle本棚 圧倒的マンガ率は仕様

好きな小説やマンガの新刊が出た場合は必ず発売日に購入し、大抵は短い小説やマンガであればその日のうちに読了する。

ただ、Kindleに移行してから一度読み終えた書籍は再読しないことが多くなってしまった。

紙の本であれば、小説であれマンガであれ、ゲームのロード中やPCでの作業中の合間にパラパラと一度読んだ本を読み返す習慣があったのだが、Kindleに移行してからその習慣はピタッとなくなった。

別にiPadを使う頻度が減ったというわけではない。

ネットの動画配信サービスはもっぱらiPadで視聴しているし、就寝前にはiPadでWebの閲覧や記事のアイデアのメモを取ったりしている。

だがKindleに限っては「時間が空いたからiPadを開いて書籍を再読しよう」という気にどうしてもならない。

恐らく電子書籍は”端末を持ち上げる>ロックを解除する>Kindleアプリをタップする”という一連の動作が必要になるために、紙の本と比べると”手軽さ”というものがないために「もう一度読もう」という気にならないのだろう。

また、紙の本はザラザラとした紙が指に当たる感触や、ページを捲るという動作に”本を読んでいる”という実感が伴うのに対して、電子書籍の場合は指への感触はただのガラスのタッチ画面であり、ページを捲るのはただのスワイプであるために、本を読んでいるという実感が得られにくく、結果的に再読の意欲が失われてしまうのも理由だろう。

読書というのはただ文字を読むだけではなく、指への感触、ページ捲りの音、心地よい本の重さ、そういった五感に訴える感覚全てを指して読書足り得るのだと感じた。

そういえば僕の好きなアニメ”PSYCHO-PASS”でも悪役の槙島聖護というキャラクターが似たようなことを言っていた。

調子の悪い時に本の内容が頭に入ってこないことがある。
そういう時は、何が読書の邪魔をしているか考える。
調子が悪い時でもスラスラと内容が入ってくる本もある。
何故そうなのか考える。
精神的な調律、チューニングみたいなものかな。
調律する際大事なのは、紙に指で触れている感覚や、本をペラペラとめくった時、瞬間的に脳の神経を刺激するものだ。

このセリフを考えた人は恐らくよく紙の本の魅力をわかっていたのだろう。

電子書籍は確かに便利だ。

売り切れの心配も、書店に行く手間もなく、価格は紙の本より若干安く、場所も取らない。

だがその便利さと引き換えにしても、僕は紙の本がやはり好きなのだろう。

無論、一度電子書籍に移行したからには今後もしばらく電子書籍の購入は続けるが、紙の本の良さというのは想像以上に大きいのだと、電子書籍に移行してから実感している。

僕以外にもこういった印象を抱く人はいるはずなので、恐らくこれからどんなにテクノロジーが発達していっても紙の本は簡単にはなくならないだろう。

古来から親しまれてきた紙の本の良さというのは、大げさに言えば遺伝子レベルで人間に刻み込まれているのではないだろうか。